旅費法改正の背景と概要
2025年4月1日に施行される「国家公務員等の旅費に関する法律」の改正は、約70年ぶりの大幅な見直しとなります。この改正は、デジタル化の進展、旅行商品の多様化、海外宿泊料金の変動など、現代の経済社会情勢に対応するためのものです。
- 物価上昇・為替変動への対応
- デジタル化による事務負担軽減
- 実費弁償の制度趣旨への回帰
- 柔軟な働き方への対応
主要な改正ポイント
旅費法改正によって変わった点を整理しました。改正前後での主な変更項目を比較することで、制度変更の全体像を把握できます。
| 項目 | 旧旅費法(改正前) | 改正旅費法(2025年4月施行) |
|---|---|---|
| 支給方式 | 定額支給方式が基本 | 実費支給方式(上限付き)に転換 |
| 交通費 |
• 特急料金:片道100km以上の距離制限 • 車賃:定額(1kmあたり37円) • 官署出発が基本 |
• 特急料金:距離制限を廃止 • 車賃:実費支給 • タクシー・レンタカーも実費支給可 • 自宅発の出張を認める |
| 宿泊費等 |
• 宿泊費:定額支給 例)東京・大阪等:10,900円 • 日当:昼食代+諸雑費+目的地内交通費 |
• 宿泊費:上限付き実費支給 例)東京:19,000円、大阪:13,000円 • 宿泊手当:1夜2,400円 (昼食代・交通費は対象外) • 包括宿泊費を新設(パック旅行対応) |
| 転居費等 |
• 転居費:距離に応じた定額支給 • 赴任旅費:扶養親族のみ対象 |
• 転居費:実費支給(上限付き) • 赴任旅費:同居家族全員に支給 (扶養要件を廃止) |
| 旅行役務 |
• 旅行代理店等の活用は想定外 • 職員本人のみが請求主体 |
• 旅行代理店等への直接支払が可能 • コーポレート契約が利用可能 |
| 職員の負担 |
• 職員が立替え • 定額超過分は自己負担 • 複雑な様式で事務負担大 |
• 立替え負担を解消 • 実費支給で自己負担軽減 • 様式廃止で事務手続き簡素化 |
宿泊料の実費支給化
最も大きな変更点は、宿泊料が定額支給から上限付き実費支給に変更されることです。これにより、実際の宿泊費用を上限額の範囲内で精算できるようになります。
| 地域 | 上限額(1泊) | 主要都道府県 |
|---|---|---|
| 最高額地域 | 19,000円 | 埼玉、東京、京都 |
| 高額地域 | 18,000円 | 福岡 |
| 中高額地域 | 17,000円 | 千葉 |
| 中額地域 | 13,000円 | 北海道、岐阜、大阪、広島 |
| 低額地域 | 8,000円 | 福島、鳥取、山口 |
従来の「日当」から「宿泊手当」に名称変更し、夕・朝食代を含む諸雑費として2,400円/泊を上限として支給されます。食事付きプランの場合は調整されます。
自治体への影響
この改正は国家公務員を対象としたものですが、多くの自治体が国の旅費制度を参考にしているため、地方自治体にも大きな影響が予想されます。
影響ある4つのポイント
条例・規定の見直し
国の改正に準じて、自治体の旅費条例や規定の改正が必要になる可能性があります。
精算業務の変更
定額から実費精算への変更により、領収書管理や審査業務の負担が増加する可能性があります。
システム対応
デジタル化推進により、既存の経費精算システムの見直しや新規導入が必要になる場合があります。
予算への影響
実費支給により旅費予算の見直しや、より精密な予算管理が求められます。
旅費精算業務への影響
2025年4月に施行された旅費法改正により、自治体の旅費精算業務フローが大きく変わります。主な変更点を3つのポイントでまとめました。
下図は、改正前後の業務フローの変化を示したものです。特に「旅行命令書の準備負担の軽減」と「旅行後の精算業務の変化」がわかりやすく表現されています。
出張前に新幹線の運賃や特急料金、宿泊費、日当などを詳細に調べて記載する必要がありました。特に、片道100km以上でなければ特急料金が支給されない距離制限や、1kmあたり37円という車賃の定額計算など、複雑なルールに基づく事前計算が職員の負担となっていました。上図の「現行旅費法基準」にあるように、旅行にかかる経費を含む詳細情報を紙で提出する必要がありました。
旅行命令書の様式が撤廃され、各自治体が柔軟な様式を定められるようになりました。上図の「改正旅費法基準(新システム導入)」では、旅行命令の申請時に旅の目的と概算費用だけを提出すればよくなり、事前の詳細な費用計算から解放されます。事前の定額計算から旅行後に実際にかかった費用ベースで計算する方式へ転換し、申請者の事前準備負担が軽減されます。
実費精算方式への転換により、旅行後の精算業務が格段に複雑化します。
上図を見ると、改正前は「追加でかかった費用を計算し、紙の精算書を提出」するだけでしたが、改正後は「自動で精算され、確認するだけ」となっています。ただし、この「自動化」を実現するには、デジタルシステムの導入が前提となります。
- すべての交通費・宿泊費の領収書確保と電子化対応
- 宿泊費の内訳詳細の確認(ランドリー代やミニバー代など規定外費用のチェック)
- 都道府県別の上限額(東京19,000円、大阪13,000円等)との照合
- 領収書と申請内容の突合確認
- 金額の妥当性チェックと地域別上限額との照合
- 規定違反の検知
- 宿泊手当の調整計算(夕朝食の有無による2,400円/1,600円/800円の判断)
従来は定額超過分のみの精算で済んでいましたが、今後はすべての費用について実費精算が必要となり、審査工数の大幅増加が見込まれます。
従来、職員が出張する際には「資金前渡」として出張旅費を現金で前払いし、帰庁後に精算する方式が一般的でした。上図の「現行旅費法基準」では、旅行での支払いに現金、ICカード、クレジットカードを使用していました。この方式には以下のような課題がありました
- 現金管理の煩雑さ: 経理担当者が出張前に現金を準備し、職員に手渡す手間
- 現金紛失リスク: 職員が現金を持ち歩くことによる紛失・盗難のリスク
- 精算業務の負担: 帰庁後に残金を返納し、追加費用を精算する二重の手続き
- 職員の立替負担: 資金前渡が不十分な場合、職員が自己資金で立替える必要
また、旅費法上、旅行代理店やクレジットカード会社を通じた支払いの法的根拠が不明確だったため、これらの活用も限定的でした。
今回の改正で、「旅行者以外の第三者による立替払いが正式に認可」されました。具体的には、自治体が以下の事業者と旅行役務提供契約を締結できるようになりました
- 旅行代理店
- 鉄道会社・航空会社・海運会社
- バス・タクシー事業者
- ホテル等の宿泊施設
- 引越し業者
- クレジットカード会社(法人カード)
これにより、コーポレート契約(法人に属する職員に後払いで利用させ、法人が後から一括して代金を支払う契約)が可能となり、職員の業務フローが大きく変わります。上図の「改正旅費法基準(新システム導入)」では、キャッシュレスシステムを利用した支払いが示されています。
- 出張前:経理担当者に資金前渡を申請
- 現金受領:経理から概算の現金を受け取る
- 出張中:現金で交通費・宿泊費を支払い、領収書を保管
- 帰庁後:残金を返納し、追加費用があれば自己負担分を精算申請
- 精算完了:経理担当者が確認・承認し、追加支払いまたは返納処理
→ 職員は現金管理の負担、立替えリスク、複雑な精算手続きを抱えていた
- 出張前:旅行命令の承認のみ(簡素化された様式)
- 現金受領なし:職員に付与された法人カードを使用
- 出張中:法人カードで交通費・宿泊費を直接決済(領収書は自動取得または電子化)
- 帰庁後:経費精算システムに自動連携されたカード利用明細を確認・承認申請
- 精算完了:承認者が確認し、自治体からカード会社へ一括支払い
→ 職員の立替え・現金管理がゼロに。デジタル連携により入力作業も大幅削減
ただし、これらのメリットを最大限活かすには、法人カードの導入、デジタル決済サービスとの連携、経費精算システムの整備など、業務フローの抜本的な再設計が不可欠です。
経費精算システム選定時の考慮点
旅費法改正により定額支給から実費精算へと転換したことで、この実費精算をいかに負担なく行えるかが重要な課題となります。システム導入なしでは、申請者・承認者双方に膨大な業務負担が発生するため、経費精算システムの選定が自治体DX推進の鍵となります。
以下、旅費法改正に対応するために経費精算システムが備えるべき3つの重要機能を解説します。
交通系ICカード(Suica、PASMO)、電子決済(PayPay)、タクシー配車アプリ(GO、S.RIDE)、旅行代理店などの決済データを、経費精算システムに自動で取り込む機能です。職員が支払いを行うと、その情報がリアルタイムでシステムに反映され、手入力なしで経費申請が完了します。
改正旅費法では、キャッシュレス決済の積極的活用が推奨されています。職員が日常的に利用する決済手段から自動的にデータを取得できる仕組みが不可欠です。交通費の経路・金額が自動で経費精算システムに反映され、職員の入力負担がゼロになるとともに、実際の利用データがそのまま連携されるため、金額の誤入力や計算ミスが発生しません。
AI-OCR(人工知能を活用した光学文字認識)は、スマホで撮影した領収書やレシートの画像から、「日付」「金額」「支払先」「内訳」などの情報を自動で読み取り、経費精算システムにデータ入力する機能です。AIの学習により、手書き文字や癖のあるフォント、多少ゆがんだ画像からも高精度で文字を認識できます。
実費精算では、すべての交通費・宿泊費について領収書の確保と記載が必要になります。職員が手作業で入力していては、業務負担が激増します。領収書を撮影するだけで数秒でデータ化が完了(手入力なら1枚あたり1〜2分かかる作業)し、取引先名や金額から勘定科目を自動判定することで仕訳作業も効率化されます。また、撮影した領収書データは電子帳簿保存法の要件に適合する形で自動保存されます。
コーポレートカード(法人カード)は、企業や自治体などの法人向けに発行されるクレジットカードです。職員個人に追加カードを発行し、出張時の交通費・宿泊費などを直接決済できます。カード利用明細が経費精算システムに自動連携されるため、職員の立替負担がゼロになり、支払いは法人が一括して後払いします。
コーポレートカードの詳細については、こちらの記事をご覧ください。
旅費法改正により、旅行役務提供契約を通じた第三者支払いが正式に認められました。これにより、法人カード(コーポレートカード)を職員に付与し、直接決済させる仕組みが可能になります。これは資金前渡や立替払いを根本的になくす最も効果的な方法です。職員が自己資金で立替える必要が一切なくなり、経理担当者が現金を準備・手渡し・返納処理する手間もゼロになります。また、利用履歴がリアルタイムで可視化されるため、不適切な支出の早期発見にもつながります。
システム導入事例
旅費法改正に先駆けて、すでに経費精算システムを導入し、業務効率化を実現している自治体があります。ここでは、実際の導入事例から、システム選定の参考となるポイントをご紹介します。
千葉県白子町
製品概要
株式会社LayerXが提供する「バクラクビジネスカード」は、AIを活用して経費処理を自動化する次世代の法人カードサービスです。AIが領収書と明細を自動で突合・仕訳し、支出状況をリアルタイムに可視化することで、入力や確認などの手作業を大幅に削減することが可能です。
導入背景
- 資金前渡の精算や現金管理に関わる事務負担、現金紛失リスク、管理コストが増加していた
導入効果
- 資金前渡の処理を削減し、精算業務の時間を年間約120時間短縮見込み
- カード決済への切り替えで年間約13万円の振込手数料を削減見込み
福井県庁
製品概要
SAP Concurは、数千〜数万人規模の県庁・市役所レベルでの導入実績をもつ出張・旅費精算・請求書管理・予算執行を一気通貫でクラウド化できる統合ソリューションです。
自治体・官公庁向けには、各自治体の規則・上限設定をロジック化できる柔軟性と、交通系ICカード・法人カード・電子決済など各種データ連携機能により入力の手間を大幅に削減できる点が特長です。
導入背景
- 旅費制度改正され、定額支給から「実費精算」への変更になり、領収書確認や金額照合などの事務が大幅に増加した
- 申請・確認・精算の多くを紙や手入力で処理しており、チェックや修正作業に時間がかかっていた
- 他システムとの連携や拡張が困難だった
導入効果
システム稼働が2025年4月からのため、まだ効果は公表されていません。
(他の市との実証実験では、4000万円ほどのコストカットができる見込みがあるとのこと)





